彼女の手料理がおいしい理由|私のために使ってくれた時間

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

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彼女とのデートでは、ときどき彼女の手料理を食べます。

先日の南国リゾート風のホテルでは、カレーとポテトサラダを作ってきてくれました。

ところが、その日は突然、一斤のパンを使った巨大なハニートーストまで登場。

あまりの大きさに、

「えっ?」

「えっ?」

と二人で固まってしまいました。

それでも、私が最初に食べたのはハニートーストではありません。

彼女のカレーでした。

目の前には、クリームとアイスがたっぷりの巨大なハニートースト。

それには目もくれず、私は彼女のカレーを一目散に食べました。

ふたりのデートに突然現れた、一斤のハニートースト
先日行った、リゾート風のホテル。南国を思わせる部屋に、天蓋のついたベッド。花の浮かんだお風呂。普通のホテルのような開放的…

考えてみれば、私は彼女の手料理が好きなのです。

料理がおいしいから。

もちろん、それもあります。

でも、それだけではないような気がします。


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最初の手料理は何だっただろう

彼女とは長い付き合いになります。

その間、何度も彼女の手料理を食べてきました。

ところが、

「最初に作ってくれた料理は何だった?」

と聞かれると、はっきり思い出せません。

いつからだったのでしょう。

最初は、おにぎりのような簡単なものだったのか。

おかずだったのか。

今となっては記憶が曖昧です。

でも、不思議なものです。

何を作ってくれたのかは忘れてしまっても、

彼女が私のために料理を作ってくれたこと

は覚えています。

彼女が持ってきた容器を開けて、

「おいしそう」

と言って食べる。

「おいしいよ」

と言えば、彼女も嬉しそうにする。

そんなことを何度も繰り返してきました。


デートにタッパーがやってくる

彼女とのデートというと、街歩きや旅行、ホテルで過ごした時間など、いろいろな思い出があります。

でも、私たちのデートには、もっと生活臭のあるものも登場します。

タッパーです。

色気も何もありません。

彼女がバッグの中から、

「今日はこれ作ってきたよ」

と容器を取り出す。

蓋を開ける。

そして二人で食べる。

レストランのように、きれいなお皿に盛られているわけではありません。

豪華な料理でもありません。

でも、私はこれが好きです。

ホテルのテーブルに彼女の料理が並ぶと、そこだけ少し家庭の食卓のようになります。

不思議なものです。

ホテルにいるのに、どこかほっとします。


「おいしい」と言うだけだけど

私は料理評論家ではありません。

彼女の料理を食べても、

「このスパイスの使い方が絶妙だね」

なんてことは言いません。

たいてい、

「おいしい」

だけです。

もう少し頑張っても、

「これ、おいしいね」

くらいでしょうか。

彼女からすれば、作り甲斐のない男かもしれません。

でも、本当においしいのだから仕方ありません。

先日のカレーもそうでした。

巨大なハニートーストが目の前に鎮座しているのに、私はカレーを食べ続けました。

彼女の作ったポテトサラダも食べる。

そして、

「おいしい」

と言う。

彼女が嬉しそうにしている。

私は、その顔を見るのも好きなのかもしれません。


考えてみれば、私は何もしていない

あるとき、ふと思いました。

私は簡単です。

ホテルへ行って、彼女が持ってきたタッパーの蓋を開ければいい。

そして、

「おいしい」

と言って食べるだけ。

でも彼女は違います。

何を作ろうか考える。

材料を用意する。

台所に立つ。

料理を作る。

冷まして、容器に詰める。

それをバッグに入れて、待ち合わせ場所まで持ってくる。

私は、その時間を見ていません。

私が彼女に会う前に、彼女はすでに私のために時間を使っているのです。

考えてみれば、当たり前のことです。

彼女は食べてくれるのがうれしいと言ってくれますが、その「当たり前」を忘れてしまうことがあります。


外で食べれば簡単なのに

デートなのだから、外で食べればいいのです。

東京には、おいしい店がいくらでもあります。

お金を払えば、プロが作った料理を食べられます。

後片付けだって必要ありません。

その方がずっと簡単です。

実際、二人で外食することもあります。

それも楽しい。

でも、彼女の手料理には、それとは違うものがあります。

高級な材料を使っているからではありません。

プロの料理よりおいしいかどうか、という話でもありません。

「私に食べさせよう」

そう思って、彼女が作ってくれた。

そこが違うのです。

若い頃の私は、そんなことを深く考えなかったかもしれません。

料理が出てくれば食べる。

おいしければ喜ぶ。

それだけだったような気がします。

でも歳を重ねると、少し見方が変わりました。

誰かが自分のために何かをしてくれる。

それは、決して当たり前のことではありません。


私は彼女の時間を食べている

先日のデート。

彼女が作ってきたカレーを食べながら、目の前には巨大なハニートーストがありました。

見た目の華やかさなら、完全にハニートーストの勝ちです。

クリーム。

バニラアイス。

ブルーベリー。

ストロベリー。

フライドポテトまで付いています。

それに比べれば、タッパーに入ったカレーは地味です。

でも私は、まず彼女のカレーを食べました。

今になって思います。

私が食べていたのは、カレーだけではなかったのかもしれません。

彼女が私に会う前に、台所で過ごした時間。

「何を作ろう」と考えてくれた時間。

そんなものまで一緒に、

「おいしい」

と言って食べていたのでしょう。


次は何を作ってくれるのかな

長く付き合っていると、大きな出来事ばかりが思い出になるわけではありません。

旅行へ行ったこと。

きれいな景色を見たこと。

ホテルで過ごしたこと。

そんな出来事も、もちろん覚えています。

でも、タッパーの蓋を開けて、

「おいしい」

と言いながら二人で食べた時間も、同じくらい大切なのかもしれません。

次のデートで、彼女が何を作ってきてくれるのかは分かりません。

もしかすると、何も作ってこないかもしれません。

それなら二人で何か食べに行けばいい。

でも、また彼女がバッグからタッパーを取り出したら、

私はきっと嬉しくなるでしょう。

そして、いつものように食べます。

「おいしい」

たぶん、それしか言えません。

でも今度は少しだけ、

その料理ができるまでの彼女の時間も想像しながら、食べてみようと思います。

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