
先日、彼女と話をしていました。
「セルフプレジャー(自慰)とセックスって、何が違うんだろうね」
大人同士の、他愛もない会話です。
彼女は言いました。
「気持ちいいのはセルフプレジャーかもしれない。でも、心が満たされるのはセックスじゃない?」
なるほどと思いました。
確かに、一人の方が自由です。
自分のペースで、自分のタイミングで終われる。
相手に合わせる必要もありません。
でも、誰かと触れ合う時間は、少し違います。
そこには快感だけではないものがあります。
安心とか、
受け入れられる感覚とか、
一緒に気持ちよくなろうとする時間とか。
そういうもの全部を含めて、セックスなのかもしれません。
若い頃は、そんなこと考えませんでした。
気持ちいいかどうか。
そればかりでした。
子どもたちは、私たちより先に知る
話はそこから、今の中学生の話になりました。
今はスマホがあります。
知ろうと思えば、性の情報はいくらでも手に入ります。
昔みたいに、
隠しておけば知らない、
という時代ではありません。
アナルセックスでも何でも、言葉だけならすぐ知る。
映像も簡単に見られる。
彼女は言いました。
「知ること自体は悪いことじゃないと思う」
私もそう思いました。
興味を持つのは自然です。
好きな人ができる。
身体が変わる。
触れたいと思う。
それを無理に閉じ込めることはできません。
誰が教えるのか
ただ、問題は別のところにあります。
知った情報を、どう受け取るか。
そこです。
映像の中のセックスは演出です。
ある意味でのファンタジー。
現実とは違う。
でも、経験がなければ区別は難しい。
若い頃の私も、漫画や雑誌を見て、
女性はこういうものだと思っていました。
でも、違いました。
実際は、人によって全然違う。
感じ方も、好きな触れ方も、心の開き方も。
結局。
セックスって技術だけじゃない。
身体の触れ合いが、心を震わせる。
相手を見て、
相手を想像して、
合わせていくものなんだと思います。
彼女と話していて思いました。
性教育という言葉は少し堅いけれど。
本当に必要なのは、
身体の説明より先に、
人を大事にすることなのかもしれません。
そして、それを教えられる大人は、
案外少ないのかもしれません。

コメント