初めての時~処女の膜

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

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今、彼女は膣ケアに取り組んでいます。

オイルを使って、膣口と膣壁を柔らかくするマッサージをしています。

先日聞いた話では、専用のスティックも利用しているようです。

そのおかげか、この前のセックスではスムーズに挿入できました。

イッた後も私が腰を動かしていると、

「イイっ、イイっ!!」

そう言いながら、何度も感じていました。

以前、「セカンドバージン」の話を書きました。

コロナ禍で3年ぶりのセックスだったので、彼女も緊張していました。

私は潤滑剤を使い、ゆっくり膣壁をマッサージしていきました。

その日は指を入れるだけでも十分だと思っていました。

でも彼女が、

「できそう」

そう言ったので、ゆっくり合体しました。

お互いに、まるで初めてのような感覚でした。

ただ入れるだけなのに、こんなにも嬉しいものなのかと思ったのを覚えています。

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ふたたびの初めて

彼女と知り合ったのは、お互い中高年に差し掛かった頃でした。

彼女にも私にも子どもがいました。

当然、彼女は非処女、私は非童貞です。

お互い最初の経験について話したことはありません。

だから、本当の意味での「初めて」は知りません。

でも――

3年の空白のあとに再開したセックスは、

私たちにとって、確かに「もう一度の初めて」だった気がします。

入るだろうかという心理的不安。

硬くなっていないかという身体的な不安。

そんなことを考えていました。

でも今は、その時間を乗り越え、

ただ幸せな時間を楽しめています。

処女膜

最近、少し意外な記事を読みました。

「経験の有無に関係なく処女膜は存在する」

というものです。

私のイメージでは、

初めての時に破れて出血するもの、

そう思っていました。

でも実際は、

膣口の周囲にある粘膜のヒダのようなもので、

膜ではないため「破れる」という表現は正確ではないそうです。

血管も少なく、出血しない人も多いとのこと。

むしろ出血は、

濡れていない状態での挿入や、

無理な挿入による膣壁の傷が原因らしいです。

出血しない女性は6~7割という話もあるそうです。

つまり、

恐怖心がなく、

十分な前戯があり、

身体が受け入れる準備ができていれば、

痛みは少ないということなのでしょう。

これは彼女が続けている膣ケアとも同じ理屈だと思います。

柔らかいこと。

潤っていること。

それだけで、ずいぶん違うのだと思います。

残っている場合があるということは…

私たちは時々、こんな話をします。

「高校の頃に出会っていたらどうなっていたかな」

彼女とは5歳差です。

高校生と中学生。

大学生と高校生。

そんな可能性の話です。

処女性にこだわるつもりはありません。

でも男として、

もし出会えていたなら、

最初の相手になれたら嬉しかっただろうな、

そんな気持ちは正直あります。

そんな話をしたことがあります。

彼女は経産婦なので処女膜は残っていないと思います。

でも、もしかしたら…。

そんな想像をしてしまうこともあります。

でも結局のところ、

残っていても、

残っていなくても、

彼女が好きなことに変わりはありません。

……少し処女性にこだわってますね。

男の正直なところかもしれません。

失礼しました。

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