
部屋に入ると、私たちは自然と向き合っていました。
何か特別なことをしなくても、
同じ空間にいるだけで心がほどけていく。
そんな関係になっていることを、
あらためて感じます。
その日の彼女は、いつもより少し甘えん坊で、
そしてどこか積極的でした。
先ほど見かけた老カップルの姿が、
彼女の中の何かを揺らしたのかもしれません。
触れる距離が近い。
離れている時間が、ほとんどない。
求めるというより、
失くしたくないものを確かめ合うような時間でした。
唇を重ね、
腕の中に包み込み、
肌の温度を感じながらゆっくりと身体を寄せていく。
激しさではなく、
じわじわと満ちてくるような熱。
その日は、そんな交わりでした。
すべてが終わったあと、
彼女は何も言わず私の胸に頬を寄せてきました。
そのまま、じっと動きません。
眠っているわけでもなく、
何か考えているふうでもない。
ただ、そこにいたい。
そんな無言の甘えが伝わってきます。
私は彼女の背中に手を置き、
呼吸のリズムを感じながら、同じ時間を過ごしました。
言葉は要りませんでした。
この温もりだけで、十分でした。
若いカップル
しばらくして身支度を整え、部屋を出ます。
ロビーへ向かう途中、
これから入っていく若いカップルとすれ違いました。
手をつなぎ、
少し照れたような顔。
これから始まる時間への期待と緊張が、
その横顔から伝わってきます。
ふと、心の中で思いました。
たくさん触れ合ってほしい。
たくさん恋をしてほしい。
身体を重ねることも、
ただ欲を満たすだけではなく、
相手を知り、
自分を預ける大切な時間なのだと、
いつか気づいてくれたらいい。
私たちはもう、
そういう若いふたりを温かく見守る側の年齢になりました。
先ほどの老カップルから受け取った静かな空気を、
今度はこの若いふたりへ渡していく。
そんなバトンのようなものを、
勝手に感じていました。
触れ合える今を
ホテルを出ると、外はもう薄暗くなっていました。
彼女は私の腕にそっと手を添えます。
その手の重みが、妙に愛おしい。
冬の部屋で過ごした時間は、
静かな確信のようなものを私に残してくれました。
たくさんの言葉はいらない。
こうして触れ合える今がある。
腕を組み、
肩を寄せ、
身体の奥までぬくもりを知っている相手が隣にいる。
それだけで、人はずいぶん満たされるのだと思います。
この先、いつまで同じように触れ合えるのかは分かりません。
だからこそ、
触れられるうちは触れていたい。
寄り添えるうちは寄り添っていたい。
そんなことを思いながら、
私たちは暗くなり始めた街へ歩き出しました。

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