残りの一部屋~先輩カップルの背中

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

スポンサーリンク

私たちは、いつものように並んで歩きながら、
ラブホテルへ向かっていました。

特別な会話があるわけでもなく、
ただ自然に足がそちらへ向く。

そんな関係になって、もうずいぶん経ちます。

スポンサーリンク

一組のカップル

途中で、前を歩く一組のカップルに気がつきました。

歳の頃は、70歳くらいでしょうか。

少し丸まった背中。
ゆっくりとした歩幅。

それでも、ふたりの距離は近く、
妙に呼吸が合っているのが分かります。

「あの人たちも、向かってるのかしら」

彼女が、軽く笑いながら言いました。

私は曖昧に笑い返しましたが、
なぜかその言葉が、胸に残りました。

ホテルに入ると、
その老カップルはすでに受付を終え、
エレベーターへ向かうところでした。

静かに並んで立つ後ろ姿。

その距離の近さに、
胸の奥が少しだけざわつきます。

パネルを見ると、残りの部屋はあとひとつ。

私たちは顔を見合わせ、
言葉もなく、その部屋を選びました。

触れていたいね

部屋に入った瞬間、
いつもと同じはずの空気が、どこか違っていました。

彼女はすぐに距離を詰めてきます。

腕に絡み、肩に頬を預ける。

その触れ方が、いつもより素直でした。

先ほどのふたりの姿が、
どこかに残っているのかもしれません。

やがて彼女が、小さく口を開きます。

「もしね……お互いに、できなくなってもさ」

少しだけ間を置いて、

「それでも、こうして触れていたいね」

その言葉に、すぐには返せませんでした。

欲望の話ではなく、
もっと先の時間を見ている声だったからです。

私はただ、彼女の腰に手を回し、
静かに引き寄せました。

触れ合ったまま、しばらく動かない。

服越しでも分かる体温が、
ゆっくりと重なっていきます。

彼女の呼吸が、少しずつ深くなり、
そのリズムがこちらに移ってくる。

それだけで、
満たされていく感覚がありました。

指先が触れるたびに、
彼女の身体がわずかに反応する。

それを確かめるように、
ゆっくりと距離を詰めていく。

けれどその日は、
どこか急ぐ気にはなれませんでした。

できるか、できないかではなく、

ただ、ここにいること。

触れていること。

それだけでいいと思えたのです。

未来のかたち

あの老カップルが、
あの部屋でどんな時間を過ごしているのかは分かりません。

けれど、ふたり並んでいたあの背中は、

どこか静かで、
どこか満たされていました。

残りの一部屋。

私たちは、
少しだけ未来を覗いたのかもしれません。

そして今、こうして触れ合っているこの時間が、

思っている以上に、
かけがえのないものなのだと気づかされるのです。

この先、どんな形になっても――

私たちは、
同じように隣にいられるのでしょうか。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました