
ある日、彼女と話をしていたときのことです。
話題になったのは、ジムで見かける女性の服装でした。
彼女は少し呆れたように言います。
「ジムでは最近ほんと増えてるよね。胸もお尻も、体のラインがはっきり分かるレギンス」
そして、こんな話になりました。
そういう服装をしていて男性が見ると、「じろじろ見るな」と言われる。
一方では、「そんな格好をしている女性にも問題がある」と言う人もいる。
彼女自身も、
「正直、見てるこっちが恥ずかしくなることもあるんだけどね」
と言います。
ところが、そこで話は終わりませんでした。
少し考えてから、彼女が言いました。
「でもさ、人間の体の形を見て恥ずかしいと思うこと自体、変なのかもしれないよね」
そして、
「何を着るかは本人の自由だと思う」
とも。
なるほど。
着る人の自由と、見る人の節度。
単純に「どちらが悪い」と決められる話でもなさそうです。
ピラティスやヨガでは
彼女は、ピラティスやヨガの世界をよく知っています。
「ピラティスの先生なんか、レギンスに上はブラみたいな格好の人も普通にいるよ」
女性が多い場所では、それほど気にならないそうです。
むしろ、
「あの先生みたいな体になりたい」
と、憧れの対象になることもあると言います。
体の動きを確認しやすい服装でもあるのでしょう。
ところが、いろいろな年代の男女が利用するジムになると、少し事情が違ってきます。
「ジムだと男の人もいるし、年代も価値観もバラバラでしょ」
体のラインがはっきり出る服装を見て、戸惑う人がいても不思議ではない。
それでも彼女の考えは、はっきりしています。
「何を着るかは本人の自由だと思う。着ることで気分が上がって、ジムに行って頑張れるなら、それでいいよね」
私も、そこはそうだと思います。
他人が「そんな服を着るな」と決めることではないでしょう。
では、見る側はどうすればいいのでしょう。
目に入ることと、じろじろ見ること
この話をしているとき、彼女が面白いことを言いました。
「多分、男の人は見ちゃうと思うよ」
体のラインが強調されていれば、ふと目が向いてしまうことはある。
彼女は、それ自体を強く責めるような言い方はしませんでした。
でも、そのあとに続いた言葉が印象に残りました。
「パッと目に入って、すぐ目を逸らすのと、上から下までなめ回すように見るのは全然違う」
確かに、その二つは同じ「見る」でも、まったく違います。
街を歩いていても、電車に乗っていても、人の姿は自然に目に入ります。
魅力的な人がいれば、思わず目が向くことだってあるでしょう。
問題は、そのあとです。
目に入った。
少し目が向いた。
そこで終わるのか。
それとも、相手が不快に感じるほど視線を送り続けるのか。
その違いは大きいと思います。
着る自由、見る節度
結局、私たちの話は、最初のところへ戻ってきました。
何を着るかは、その人の自由です。
そして、人間ですから、目に入ったものに一瞬視線が向くことまで完全になくすのは難しいでしょう。
でも、
「目に入る」ことと「見続ける」ことは違う。
そこには、見る側が選べる部分があります。
服装の問題にしてしまえば、
「そんな格好をするほうが悪い」
「見る男のほうが悪い」
という話になってしまいます。
でも本当に大切なのは、どちらが悪いかを決めることではないのかもしれません。
自分の自由を大切にする。
同時に、相手の気持ちも想像する。
見る側にも、見られる側にも、それぞれ違った感覚があります。
だからこそ、必要なのは「正解」よりも、少しの想像力なのだと思います。
着る自由。
そして、見る節度。
彼女との何気ない会話から、そんなことを考えました。

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