
彼女とのお付き合いを再開して、もうすぐ2年経ちます。
コロナ禍で途絶えた3年を乗り越え、再開しました。
彼女とお付き合いを再開して、私のセックスに対する価値観が根底から変わりました。
きっかけは、ひとつの言葉との出会いです。
「交接とは、ペニスによる膣への愛撫である」
スローセックスの提唱者であるアダム徳永氏の言葉です。
この発想に触れたとき、これまでの自分の在り方が静かに揺らぎました。
かつての私は、正直に言えば交接時間はわずか数分ほど。
挿入し、動き、射精する。
それが行為のすべてだと思っていました。
刺激を求め、早くゴールにたどり着くことばかりを考えていたのです。
「1時間」の本当の意味
今は違います。
彼女と過ごす時間は、平均して1時間ほどになりました。
「そんなに長く?」と彼女は最初、驚きました。
けれど、それは激しく動き続けるという意味ではありません。
私は彼女にこう伝えました。
「ずっと優しくなで続けているだけなんだよ」と。
若い頃のように強く速く動けば、体は疲れ、痛みさえ出てしまいます。
そうではなく、ゆったりとしたリズムで、丁寧に触れ続ける。
それだけのことなのです。
運動から愛撫へ
交接を「射精のための運動」と捉えるのか、
「彼女を愛撫する時間」と捉えるのか。
この意識の違いは大きい。
「ペニスを膣で愛撫してもらう」のではなく、
「自分のペニスで彼女の膣を優しく愛撫する」。
発想を変えただけで、振る舞いは驚くほど穏やかになります。
速さよりも呼吸。
強さよりも思いやり。
■この考え方を知ってから、私たちのセックスは少しずつ変わっていきました。
→ 私たちが実際に続けている「スローセックスふたたび」についてはこちらに書いています。

淡い快感を育てる
私たちは今、摩擦の強さだけを求めているわけではありません。
風に揺れる木の葉のように、淡い快感を共有し、
互いのエネルギーが静かに溶け合う感覚を味わっています。
刺激を急がず、時間を気にせず、ゆっくりと育てていく。
すると感覚はじわじわと高まり、やがて深い絶頂へと至ります。
それは単なる肉体的な現象ではなく、
心と体が重なり合う体験です。
大人の男の嗜み
振り返れば、私たちは長いあいだ
「早く絶頂を迎えたい」という焦りに支配されてきました。
その結果、時間は短くなり、本質的な一体感に届かなかった。
セックスは、最初から最後まで相手を愛し続ける行為。
ジャンクな刺激から、スローで丁寧な交わりへ。
この意識改革こそが、大人の男の嗜みなのだと思います。
愛を確かめ合う儀式
男女が愛し、愛されること。
それは人生の大きなテーマ。
セックスは、その愛を確かめ合うための
静かで神聖な儀式なのです。

コメント
彼女は60代後半ですか?
コメントありがとうございます。
年齢については、具体的なことはあまり書かないようにしていますが、いわゆる同世代です。