
私たちのセックスにも、もちろん最後があります。
彼女がイク。
そして、私もイク。
でも、最初からそこを目指しているわけではありません。
彼女と出会った頃は、もっと激しかったように思います。
腰を動かしていると、額から汗がポタポタ落ちる。
彼女の胸に落ちた汗を、手元にあったバスタオルで拭いたこともありました。
彼女の背中も汗びっしょり。
あの頃は、若さそのものでも愛し合っていたのでしょう。
今は少し違います。
激しく一直線に進むというより、ゆっくり。
この前など、気がついたら1時間半ほど経っていました。
「もう、こんな時間なの?」
そんな感じです。
愛撫の延長に、挿入がある
今の私たちは、つながるまでの時間をかなり長く取ります。
唇、舌、指先、手のひら。
顔から身体へ、ゆっくり触れていきます。
年齢を重ねれば、身体も変わります。
だから昔と同じように強い刺激だけを求めるのではなく、その日の彼女の反応を見ながら触れ方を変えます。
時にはウーマナイザーを使うこともあります。
そして、十分に愛撫してから二人はつながります。
でも私にとって、そこで愛撫が終わるわけではありません。
むしろ、愛撫の続きを始めるような感覚です。
つながっても、私はすぐには動きません。
しばらく、そのままでいます。
彼女の中の温かさを感じながら、顔を見る。
正常位のとき、彼女が少し微笑んでいることがあります。
仏像のアルカイックスマイルのような、穏やかな表情です。
「嬉しそうな顔してるね」
そんなことを言うと、彼女はまた微笑みます。
その顔を見ていると、
「ああ、幸せだな」
と思うのです。

彼女の反応を見ながら動く
しばらくしてから、少しずつ動き始めます。
私は、ただ腰を前後に動かしているつもりはありません。
彼女の声や表情、私の背中をつかむ手の力を感じながら、その日の彼女が心地よいところを探します。
浅いところがいい日もあれば、少し角度を変えたほうがいい日もある。
毎回同じではありません。
彼女がだんだん高まってくると、
「イキそう……」
「イク……」
と自然に声を発します。
そんなときは、急に動きを変えません。
今のリズムが気持ちいいのだろうと思うからです。
同じ速さで続ける。
やがて彼女が私を強く抱きしめます。
それでも、私にとってはそこで終わりではありません。
彼女が余韻の中にいる間もしばらく一緒にいて、十分に楽しんだと思ったところで、
「イッてもいい?」
と聞きます。
「うん、いいよ」
そこで初めて、私も自分の最後へ向かいます。
私だけ先に終わっても、楽しくない
私は、自分だけ先に終わってしまうのがあまり好きではありません。
「ああ、気持ちよかった」
それだけでは、彼女を置き去りにしたような気持ちになります。
彼女が感じている。
だんだん高まっていく。
その様子を感じながら、私も気持ちよくなっていく。
そして最後は、二人とも気持ちよさの中にいる。
いつの間にか、それが私たちの形になりました。
もちろん、どちらが先でなければならないという話ではありません。
ただ、長く付き合ってきた私たちには、この流れが心地いいのです。
セックスは、一人で完成させるものではない。
今の私は、二人で一緒につくっていく時間のように感じています。

激しさより、二人でいる時間
私たちも歳を取りました。
身体も変わりました。
若い頃と同じことはできませんし、同じことをする必要もないと思っています。
強く、激しくするより、ゆっくり、丁寧に。
彼女の声を聞く。
表情を見る。
身体の温かさを感じる。
そして自分の気持ちよさも味わう。
最後には、彼女も私もイク。
でも、そこから逆算して愛し合っているわけではありません。
愛撫する。
つながる。
しばらく動かずにいる。
言葉を交わす。
少しずつ動く。
そして気がつけば、自然に最後へ向かっている。
だから1時間半経っていても、
「もう、こんな時間?」
と思うことが多いです。
昔ほど激しくはありません。
それでも、彼女とつながったまま、少し微笑んでいる顔を見る。
その瞬間に、
「ああ、幸せだな」
と思える。
今の私には、それもセックスの大切な気持ちよさなのです。

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