
彼女が夏休みになりました。
「せっかくだから、どこかへ行こうか」
そんな話になりました。
「どこに行きたい?」
いくつか候補を考えていると、彼女が言いました。
「日本橋に一度行ってみたかった」
日本橋。
私もずいぶん昔に行ったことがあります。
それなら、二人で行ってみよう。
こうして彼女との、小さな東京旅が決まりました。
駅で待ち合わせて、二人で電車に乗る
朝、いつものように駅で待ち合わせました。
そこから二人で電車に乗ります。
考えてみれば、電車に乗ったところから、もうデートは始まっています。
隣に彼女がいる。
話をしながら電車に揺られ、二人で同じ場所へ向かう。
いつものデートでは、ホテルの部屋でゆっくり過ごすことも多い私たちです。
もちろん、それはそれで楽しい。
でも今日は違います。
二人で東京の街を歩きます。
日本橋で食べた穴子
日本橋では、穴子料理の「日本橋 玉ゐ」へ行きました。
お店に着いたのは、開店の10分ほど前。
古い木造を思わせる店構えには、いかにも日本橋の老舗らしい趣があります。
すでに二人ほど待っていました。
私たちもその後ろへ。
すると、間もなく私たちの後ろに次々と人が並び始めました。
「いい時間に来たね」
そんな気分です。
注文したのは、焼いた穴子と蒸した穴子の両方を楽しめる箱めし。
そして、最後にかけて食べる出汁もお願いしました。
穴子がおいしいのはもちろんですが、私が印象に残ったのは、ご飯でした。
べたべたしていない。
一粒一粒がパラッとしているような感じです。
最後に出汁をかけても、ご飯が重たくならない。
お茶漬けのようにして、最後までおいしくいただきました。
「このお米、どうやって炊いたんですか?」
食べ終わり、会計をするときです。
彼女が店の人に聞きました。
「このお米、どうやって炊いたんですか?」
よほど気になったのでしょう。
「何か秘訣があるんですか?」
すると店の人から返ってきたのは、思いがけない答えでした。
「愛情をたくさん降り注いでいます」
なるほど。
それが秘訣なら、家でまったく同じように炊くのは難しそうです。
彼女と二人で笑いました。
料理がおいしかったことも覚えているでしょう。
でも何年かたってこの日のことを思い出したとき、案外、
「愛情をたくさん降り注いでいます」
という言葉のほうを覚えているのかもしれません。
彼女が見たかった日本橋
食事を終えて、彼女が今回行きたがっていた場所へ向かいました。
日本橋です。
彼女は、昔から残る橋や、橋の上にある麒麟の像を一度見てみたかったようです。
実際にそこへ行き、二人で眺めます。
写真も撮りました。
行ってしまえば、それだけのことなのかもしれません。
でも、
「一度見てみたかった」
と思っていた場所へ、好きな人と一緒に行く。
それは、ちょっと特別なことです。
思いがけずおいしい穴子も食べられた。
見たかった日本橋にも来られた。
彼女はとても喜んでいました。
そんな彼女を見ていると、一緒に来てよかったなと思います。
昔の東京を探しながら歩く
日本橋には、昔から続く店がいくつもあります。
彼女には、昔食べた飴の記憶がありました。
「あの飴、まだあるのかな」
お店に入り、彼女は店の人に尋ねます。
どうやら見つかったようです。
懐かしそうに買っていました。
三越の前では、
「ここは、もともと呉服店だったんだよ」
そんな話もしました。
昔の日本橋を描いた浮世絵の話。
その向こうには富士山や江戸の街が描かれていたこと。
私の話を聞きながら、彼女が、
「なんか、見たことがある気がする」
と言います。
私が知っていることを話す。
彼女が面白そうに聞いてくれる。
こんな時間も、私は好きです。
私が知っていた日本橋とは、少し違った
実は私には、一つだけ残念だったことがあります。
日本橋を訪れるのは、これが初めてではありません。
20年ほど前にも来たことがあります。
その頃の私の記憶には、昔から続く店が、一軒一軒それぞれの店構えで並んでいる日本橋があります。
彼女にも、そんな風景を見せたいと思っていました。
ところが久しぶりに訪れると、街はずいぶん変わっていました。
新しい建物ができ、その中に老舗が入っています。
きれいです。
便利にもなったのでしょう。
初めて訪れた彼女にとっては、それが今の日本橋です。
でも私は少しだけ、
「昔の日本橋も見せたかったな」
と思いました。
街も、人と同じように変わっていくのでしょう。
気温35度の東京を歩く
そのあとも二人で街を歩きました。
日本銀行の建物を見ながら、
「ここが日本銀行だよ」
そんな話もします。
ただ、この日の東京は35度ほどの暑さ。
さすがに暑い。
「そろそろ帰ろうか」
二人とも十分満足していました。
日本橋を後にすることにしました。
「また行きたいね」
帰りながら、彼女が言いました。
「また行きたいね」
その一言が、私はうれしかった。
次はどこへ行こう。
東京タワーもいい。
今度は深川めしを食べに行くのもいい。
一つのデートが終わろうとしているのに、もう次のデートの話をしています。
こういう時間も楽しいものです。
17年付き合っても、新しい思い出は増えていく
私たちは、長く付き合っています。
いつものホテルで二人きりになり、ゆっくり過ごす時間も大切です。

でも、たまにはこうして外へ出るのもいい。
二人で街を歩く。
青空を見る。
昔から残る建物を眺める。
おいしいものを食べる。
大勢の人が行き交う雑踏の中を、彼女と並んで歩く。
一つ一つは、特別なことではありません。
でも、二人で同じものを見て、同じものを食べて、同じ時間を過ごしたということは、
二人にしかない共通の記憶になります。
長く付き合っていると、相手のことは何でも知っているような気になります。
新鮮なことなんて、もうそれほどないようにも思えます。
でも、そんなことはありませんでした。
17年付き合っていても、
二人でまだ見ていない景色は、たくさんあります。
まだ一緒に食べていないものもあります。
まだ歩いていない街もあります。
「今度は、どこへ行こうか」
そんな話をしながら、また新しい思い出を増やしていく。
それも、長く続く恋の楽しさなのかもしれません。

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