道ならぬ恋に、答えてみました。~「配偶者への罪悪感はありますか?」

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

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「配偶者への罪悪感はありますか?」

これは、一番答えに迷う質問かもしれません。

この質問をいただくたびに、私はいつも言葉を選びます。

きっと、多くの人は「ある」のか「ない」のか、その答えを知りたいのでしょう。

でも、私の気持ちは、それほど単純ではありません。

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最初は、強い罪悪感がありました

正直に言えば、会うたびに後ろめたさを感じていました。

彼女といる時間は、安心して言葉のキャッチボールができる時間でした。

一緒にいるだけで心が安らぎ、自分らしくいられる。

でも、家に帰れば、いつも通りの生活があります。

そんな日常の中で、

「こんなことをしていていいのだろうか」

と、自問したことも一度や二度ではありません。

私は決して、罪悪感のない人間ではありません。

だからこそ苦しかった時期もありましたし、彼女に会うことを躊躇した時期もありました。

罪悪感だけでは、人は15年以上続けられない

しかし、もし罪悪感だけだったなら、彼女との関係はとっくに終わっていたと思います。

罪悪感を抱えながらも、彼女と過ごす時間に救われる自分がいました。

笑顔になれる時間があったのです。

そして、素直に弱さを見せられる場所でもありました。

罪悪感と幸福感。

私は、その両方を抱えて生きてきたのだと思います。

配偶者を憎んでいたわけではない

違和感を覚えながらも続いてきた婚姻生活です。

それでも、配偶者に感謝していることはあります。

共に子どもを育ててきた時間。

長年、生活を支えてくれたこと。

楽しかった思い出が、まったくなかったわけではありません。

だからこそ、

「配偶者が悪かったから不倫をした」

という単純な話ではないのです。

自分を正当化したくない

以前のブログでもお話ししたように、配偶者とは感性が合わず、円滑な家庭生活を送れていたとは言えませんでした。

ふたりでいるのに、孤独を感じていました。

いくら話しても理解されない苦しさもありました。

それらは事実です。

でも、

「だから仕方なかった」

とは言いたくありません。

自分で選んだことだからです。

年齢を重ねて変わった罪悪感

私が道ならぬ恋に足を踏み入れた42歳の頃は、

「バレたらどうしよう」

という恐れの方が大きかったように思います。

でも今は、

「誰かを傷つけたくない」

という思いの方が強くなりました。

子どもたちの存在。

彼女の人生。

そして、配偶者の今後。

若い頃よりも背負うものが増えたからこそ、軽い気持ちではいられなくなったのです。

それでも、もし聞かれたなら

「配偶者への罪悪感はありますか?」

そう聞かれたら、私はこう答えると思います。

「あります。

でも、罪悪感があるからといって、この恋が嘘だったわけでもありません。」

罪悪感があるから不幸とも言い切れない。

幸せだったからといって、罪悪感が消えるわけでもない。

人の気持ちは、そんなにきれいに整理できるものではないのだと思います。

罪悪感との向き合い方

この答えを読んで、

「結局、自分勝手だ」

そう思われる方もいるでしょう。

その意見も否定できません。

それでも、15年以上続いたこの関係を振り返ったとき、私は思うのです。

誰も傷つけずに生きることは難しい。

だからこそ、自分が選んだことの責任だけは、最後まで引き受けなければならない。

私は今、配偶者と「これからの生き方」について、真摯に話し合っている最中です。

遅すぎるのかもしれません。

それでも、自分の選択から目を背けず、向き合っていきたい。

それが、今の私なりの「罪悪感との向き合い方」です。

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