
先日、彼女にこんなメールを送りました。
「居心地がいいのは、気を使わなくても楽だから。そして、甘えられるからなんだよね。昨日ふと思った。俺、あれでも甘えてるんだよ」
自分で書いておきながら、少し照れくさい言葉です。
私は普段、彼女を引っ張っていきたいと思うこともあります。
デートの行き先を考えたり、二人で何かをするときには、自分が主導することも多い。
それでも最近、彼女の前ではずいぶん甘えているのではないかと思うようになりました。
「どれどれ」と近づいていく
彼女と普通に話をしているとき、私はよく、
「どれどれ」
と言いながら、彼女のそばへ行きます。
何かを見ている彼女の横から覗き込んだり、そのまま抱きしめたり、思わずキスをしたり。
別に「甘えよう」と思ってやっているわけではありません。
自然にそうなってしまうのです。
彼女の反応を見て、ちょっと楽しんでいるところもあります。
彼女は時々、
「ふん」
という感じで笑います。
「またやってる」
とでも言いたそうな顔です。
でも、嫌がるわけではありません。
そんな彼女の反応まで含めて、私は心地よいのです。
考えてみれば、これが私なりの甘えなのかもしれません。
「甘えてもらってるのは嬉しい」
私のメールに対して、彼女からこんな返事が来ました。
「甘えん坊ね。前から感じてたけど、最近は特に感じてる」
そして、
「甘えてもらってるのは、私としては嬉しい」
とも書いてありました。
やっぱり、彼女には気づかれていたようです。

さらに彼女は、食事のことについても書いていました。
日頃、私が自分で料理をして食べてることを知っているからこそ、なるべく自分が作ったものを食べてもらいたい。
自分が作ったものでなくても、美味しいものがあれば一緒に食べたい。
ケーキをシェアして食べようと言ってくれるのも嬉しい。
彼女は、それを「母性本能なのかもしれない」と書いていました。
私は甘え、彼女はそれを受け止める。
でも、彼女だけが私を受け止めているわけではありません。
彼女が私に甘えてくることもあります。
たぶん私たちは、お互いに甘えたり、甘えられたりしているのでしょう。
身体のことまで話せる関係
私たちは、セックスのこともかなり率直に話します。
歳を重ねれば、身体は変わります。
昔と同じようにはいかないことも増えてきました。
だからこそ、
「どうしたら痛くないのか」
「どうしたら心地いいのか」
「もう少しゆっくりのほうがいいのか」
そんなことも、二人で話します。
先日も、身体を重ねたまま、二人でいろいろな話をしました。
そんなことをしたのは初めてでした。
若い頃なら、もっと勢いだけで済ませていたのかもしれません。
でも今は、身体の変化についても隠さずに話せる。
彼女からは、
「二人の時間では、思いもよらないことで楽しませてくれるし、その演出があなたらしくて安心して任せられる」
という言葉ももらいました。
「安心して任せられる」
私は、この言葉が嬉しかったのです。
結局、甘えることも、甘えられることも、土台にあるのは安心なのだと思います。
甘えられるのは、彼女だから
男は、好きな女性の前では格好よくいたい。
頼られたい。
自分が守りたい。
私にも、そんな気持ちはあります。
でも、それだけではないのだと思います。
本当に安心できる相手の前では、少し力を抜くことができる。
ちょっかいを出したり、抱きしめたり、そばへ寄っていったり。
そんな子どものような部分も、隠さずに出せる。
そして彼女は、
「またやってる」
というように笑いながら、それを受け止めてくれる。
それが、私にはとても楽なのです。
長く付き合っているから、格好をつけ続ける必要がなくなったのかもしれません。
それでも、彼女を大切にしたい気持ちは変わりません。
引っ張るときもあれば、甘えるときもある。
彼女が甘えるときは、私が受け止める。
そんなふうに、どちらか一方ではなく、お互いが寄りかかれる。
それが今の私たちなのだと思います。
男だって、彼女に甘えたいと思うことがある。
いや、少し違うのかもしれません。
彼女だから、甘えられる。
今の私は、そんなふうに思っています。

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