セックスに演技は必要ですか?

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

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最近、男と女の違いについて考えることがあります。

コロナ禍で彼女と会えなくなった当初、
私は「せいぜい数か月の辛抱だろう」と軽く考えていました。

まさか三年も会えなくなるとは思っていませんでした。

そして再会してみて、
改めて実感したのです。

彼女と過ごす時間が、私にとってどれほど大切だったかを。

もちろん、会って話すことも大事です。

一緒に食事をするのも楽しい。

けれど、その中でもセックスは、
ふたりの関係を確かめ合ううえでとても大きな意味を持っています。

ただ触れ合うだけではない。

そこには、言葉では埋まらないものがあるのです。

だから私は、いつも考えています。

どうすれば、もっとお互いに気持ちよくなれるのだろう――と。


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出す性、受け入れる性

昔から、男は出す性、女は受け入れる性と言われます。

子孫を残すという生物的な役割だけ見れば、
確かにその通りなのでしょう。

男が射精し、
女が受け入れる。

それがなければ生命は繋がりません。

けれど人間は、
ただ子どもを作るためだけに身体を重ねているわけではありません。

発情期のある動物とは違い、
人間は日常の中で愛情としてセックスを持つことができます。

つまり、
セックスそのものがコミュニケーションになる。

ここが人間の面白いところだと思うのです。

だからこそ、
ただ挿入して射精して終わりでは、どこか片手落ちになる。

男の満足だけで終わってしまえば、
それは本当の意味で“ふたりの時間”にはなりません。

女性は、挿入そのものよりも、
そこへ至る触れ合いや安心感、言葉や愛撫の積み重ねに満足を覚えることが多い。

私も彼女と付き合う中で、
それを何度も感じてきました。


「俺、イカなくてもいいと思ってる」

以前、彼女にこんなことを話したことがあります。

「俺、イカなくてもいいと思ってるんだ」

自分が達することより、
彼女が気持ちよくなってくれた方が満足感が大きい。

そんな気持ちがあったからです。

すると彼女は少し驚いたように言いました。

「あなたにもイッテほしいよ。
セックスって、お互いに気持ちよくなるためのものでしょう。
私だけじゃイヤ」

その言葉を聞いたとき、
男と女は違うようでいて、求めているものは同じなのかもしれないと思いました。

自分だけが満たされるのではなく、
相手も満たされてほしい。

それが、ふたりで重なる意味なのだと。


演技のいらない関係

以前、私は彼女に聞いたことがあります。

「演技したことないの?」

世の中には、相手に合わせて感じたふりをする女性もいると聞くからです。

すると彼女は、きょとんとした顔で言いました。

「なんで演技する必要があるの?
いつも気持ちいいわよ」

その答えを聞いて、思わず笑ってしまいました。

肌で感じる相性というのは、
案外こういうところに表れるのかもしれません。

無理をしない。
合わせて嘘をつかない。
気持ちよければ、そのまま気持ちいいと言う。

そんな当たり前のことが、
ふたりの間ではちゃんと成立している。

男と女は違います。

感じ方も、求め方も、きっと同じではありません。

けれど違うからこそ、
歩み寄りながら確かめていける。

そのたびに、
ふたりの仲は少しずつ深くなっていく気がするのです。

完全に分かり合うことはできなくても、
分かろうとし続けることには、きっと意味があるのでしょう。

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