
私は東北の北端、海辺の田舎で育ちました。
今は工業も発達し、自然と共存する街へと変わっています。
それでも、今なお漁村の面影は色濃く残っています。
そんな土地柄だからでしょうか。
女性器を表す隠語も、漁村ならではのものでした。
「いきみ」という言葉
子供の頃、近所のお兄ちゃんたちが「いきみ」と言って笑っていました。
漢字で書けば「生身」だったのでしょう。
まだ小学生になる前だった私は、その意味が分かりませんでした。
やがて友人から、それが女性の体の一部を指すと教わりました。
当時は異性を意識する歳でもありません。
「僕は、お母さんとは形が違うんだな」と思う程度でした。
今、彼女との睦み合いの中で、その意味を深く理解しています。
生きたアワビを指で突くと、ぬめりを帯びて動き出す。
その生命力そのものの動き。
大陰唇や小陰唇を開いたときの、あの柔らかな躍動と同じなのです。
「アワビ」と呼ばれた時代
中学生になると、呼び名は「アワビ」に変わりました。
実物を見たことはありませんでしたが、単にそういうものだと思っていました。
当時の私の知識は、雑誌の『明星』や『平凡』が源泉です。
現在のようにリアルなイラストがあるわけでもなく、文字だけの情報でした。
「お腹側に穴があり、そこへ挿入する」
「初体験は血が出る」
「女性は痛がるもの」
そんな認識しか持っていませんでした。
今にして思えば、「アワビ」という表現は言い得て妙です。
縦長の楕円の縁が黒ずみ、そこから真ん中の吸い込まれるような場所へ。
その造形は、まさに自然の妙だと感じます。
60代で知る「かたち」
女性の体をまじまじと見たのは、今の彼女が初めてかもしれません。
クリトリスをじっくりと凝視したのも、実は昨年のことでした。
私は今、67歳。
この歳になってようやく、大陰唇、小陰唇、そしてクリトリスの存在がはっきりと分かるようになりました。
そして何より、その「動き」に驚かされます。
挿入したままじっとしていると、彼女の体がペニスに吸い付くようにまとわりつく。
彼女が絶頂を迎えるとき、命を繋ごうとするかのように、私を力強く締め付ける。
私が果てるときも、私を搾り取るかのように収縮します。
幼い頃に耳にした「いきみ」や「アワビ」という言葉。
その真意を、人生の円熟期に差し掛かった今、ようやく肌で理解できました。
人生は、まさに「エロエロ」です。
人それぞれでしょうが、性を楽しめないのは、実にもったいない。
最近、つくづくそう思うのです。

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