
先日、横浜デート以来、二週間ぶりに彼女と会いました。
顔を合わせると、話題はすぐに横浜の思い出です。
赤レンガ倉庫を歩いたこと。
山下公園の海風。
夕飯に食べた飲茶。
ホテルの窓から見えた、きらきらした港の夜景。
ついこの前のことなのに、思い出し始めると次から次へと言葉が出てきます。
「あそこ、綺麗だったよね」
「ホテルの景色もよかったよね」
そんなふうに笑い合っているだけで、またあの時間をなぞっているようでした。
横浜の夜景を見ながら
横浜デート一日目の夜のことです。
翌日に行く予定だった港の見える丘公園について、私は彼女にいろいろ話していました。
窓の外には横浜港の夜景。
室内の灯りは落ち着いていて、テーブルの上にはガイドブックとスマホ。
彼女は私のすぐ横にぴたりと座り、肩が触れるほど近い距離で画面をのぞき込みます。
ページをめくるたびに、ふわりと彼女の髪が頬に触れました。
こういう何でもない距離の近さが、妙に嬉しいものです。
そして話題は自然と、オフコースの「秋の気配」へ移りました。
港の見える丘公園と聞くと、私はこの歌を思い出してしまいます。
まだ売れていないミュージシャンの男と、恋人の別れ。
港の見える丘公園が見えるカフェの窓際。
夢を追うために彼女を手放そうとする男。
そんな切ない物語を彼女に話して聞かせると、
「ええ…そんな背景なの?」
と、彼女は少し驚いたように目を丸くしていました。
私はスマホで歌詞を見せながら、小田和正のあの透き通る声が余計に胸に沁みるのだと熱弁します。
彼女は何度も頷きながら、私の腕にそっと手を添えて聴いていました。
数年後の再訪「夏の終り」
そしてもう一曲。
オフコースの「夏の終り」です。
これは「秋の気配」から数年後――
成功した男が、昔の恋人を思い出しながら再び港の見える丘公園へ戻ってくる歌だそうです。
「誰よりも懐かしいひとはこの丘の空が好きだった」
その一節を読み上げると、
「だめ、それだけで切ない…」
彼女はそう言って、小さくため息をつきました。
男は彼女のいるカフェの前まで行きながら、会わずに帰ってしまう。
再会しない。
声もかけない。
ただ思い出だけを胸に抱えて去っていく。
そんな終わり方が、余計に心を揺さぶります。
彼女は私の肩にもたれ、スマホを持つ私の手を両手で包みながら、じっと歌詞を見ていました。
ベッドの上で語り合う時間
その日、ベッドに入ってからも話は終わりませんでした。
枕元にスマホを置き、ふたりで歌詞を見ながら、
「この男は本当は別れたくなかったんじゃない?」
「彼女はずっと待っていた気がする」
「いや、もう別の人生を歩いていたのかも」
そんなことを延々と語り合います。
彼女はいつの間にか私の腕の中に入り込み、胸に頬をつけたまま話していました。
私が少し身じろぎするたびに、彼女の髪が喉元をくすぐります。
切ない歌の話をしているのに、腕の中には柔らかい体温がある。
その温度差が、妙に心地よかったのです。
ときどき彼女が顔を上げ、近い距離で
「こういう歌、好きなのよねぇ」
と囁くたび、吐息が頬にかかりました。
歌の余韻なのか、夜の空気なのか、
部屋の中には静かに甘いものが流れていました。
切ない歌のあとで
ひとしきり語り終えたあと、彼女がぽつりと言いました。
「切ない曲よねぇ…」
そう言って私の腕を引き寄せ、もっと深く身体を預けてきます。
私はそのまま彼女を抱き寄せました。
横浜の夜景。
港の見える丘公園。
オフコースの切ない歌。
そして、腕の中でぬくもりを求めてくる彼女。
胸の奥が少し締めつけられるような歌を語っていたはずなのに、
最後に残ったのは、愛しい女を抱いている安心感でした。
ロマンチックという言葉だけでは足りない、
そんな静かに熱を帯びた四月の夜でした。

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