
♪ピン…ポ~ン♪
ジャズの軽いBGMが流れるホテルの部屋に、チャイムが響いた。
部屋の中は薄暗く、淡い照明でとりあえず人影を確かめることができる。
「ん、なんだ?」
彼は今まで愛撫していた手を止めた。
そして、彼女に乗せていた体を起こした。
今までジャズのBGMと調和していた、彼女のアップテンポの悦びの声は途切れた。
なんか頼んだ?
「ねえ、なんか頼んだっけ?」
彼の愛撫に没入していた彼女は、ちょっとすねたような口調で聞いた。
吉瀬美智子似の顔を少し曇られている。
「いや。なにも」
彼は自分の責任にされたようで、少し不機嫌そうに答えた。
♪ピン…ポ~ン♪
もう一度チャイムが鳴った。
「俺が出てみるよ」
彼はガウンを着て、ドアに向かう。
見覚えのないチャイムなので、用心のため内側からチェーンをかけた。
そして、ドアを少しだけ開けてみた。
呼ばざる客
そこには、ごく普通の女子大生風の女の子が立っていた。
黒髪で肩のあたりまである清楚系だ。
「こんにちは。〇〇さんですか?」
「いや、違うけど」
彼は即座に答えたが、その女の子は部屋に入ろうとドアに足を入れた。
彼は彼女とメイク・ラブの真っ最中なのだ。
置かれた状況が分からず、彼の頭の中は真っ白になった。
「お電話をいただいた〇〇さんではないですか?」
目の前に立っている女の子も、意味が分からない様子であらためて聞いた。
「いや、呼んでないよ」
女の子は間違いに気づいたらしく、小声で「失礼しました」と言ってドアを閉めた。
どうやら彼女は風俗嬢で、部屋を間違えたらしいのだ。
親心
彼はホッとした気分だった。
彼女の元に返るとベッドに腰かけて、事の次第を説明した。
「風俗嬢の子だったよ。ごく普通の女の子。
間違えて、この部屋へ来たみたい」
「ふ~ん、こんな間違いってあるんだぁ」
ふたりは50代の恋人同士だ。
呼ばざる女子大生風の風俗嬢のことを心配していた。
「大丈夫かしらね。
お客さんのところへ行けたかしら」
「大丈夫じゃないの。
でも、普通は電話で確かめてから来るんじゃないの?」
ふたりの会話は子どもの心配をする親のようだった。
大学生の子どもがいても不思議ではない年齢だ。
彼女は、少し彼に意地悪したい気持ちが芽生えた。
「ねえ。私が帰るから入ってもらえば良かったのにぃ」
ちょっと上目遣いで聞いてみた。
彼はあわてて答えた。
「呼んでないよ!
一緒に居たからわかるでしょ。好きなのはお前だけ!」
後日談
これは私の知人から聞いた実話です。
今までも風俗嬢がホテルの入り口にいたのを見たことはあったが、部屋まで来たのには驚いたとのこと。
私たちカップルもホテルを利用しますが、そんな話は初めて聞きました。
私は茶化して聞いてみました。
「招き入れて3Pすれば良かったのに」
事実は小説より奇なり。
世の中には想像を絶することが起きるものです。
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