呼ばざる客(知人の体験①)

♪ピン…ポ~ン♪

ジャズの軽いBGMが流れるホテルの部屋に、チャイムが響いた。

部屋の中は薄暗く、淡い照明でとりあえず人影を確かめることができる。

「ん、なんだ?」

彼は今まで愛撫していた手を止めた。

そして、彼女に乗せていた体を起こした。

今までジャズのBGMと調和していた、彼女のアップテンポの悦びの声は途切れた。

なんか頼んだ?

「ねえ、なんか頼んだっけ?」

彼の愛撫に没入していた彼女は、ちょっとすねたような口調で聞いた。

吉瀬美智子似の顔を少し曇られている。

「いや。なにも」

彼は自分の責任にされたようで、少し不機嫌そうに答えた。

♪ピン…ポ~ン♪

もう一度チャイムが鳴った。

「俺が出てみるよ」

彼はガウンを着て、ドアに向かう。

見覚えのないチャイムなので、用心のため内側からチェーンをかけた。

そして、ドアを少しだけ開けてみた。

呼ばざる客

そこには、ごく普通の女子大生風の女の子が立っていた。

黒髪で肩のあたりまである清楚系だ。

「こんにちは。〇〇さんですか?」

「いや、違うけど」

彼は即座に答えたが、その女の子は部屋に入ろうとドアに足を入れた。

彼は彼女とメイク・ラブの真っ最中なのだ。

置かれた状況が分からず、彼の頭の中は真っ白になった。

「お電話をいただいた〇〇さんではないですか?」

目の前に立っている女の子も、意味が分からない様子であらためて聞いた。

「いや、呼んでないよ」

女の子は間違いに気づいたらしく、小声で「失礼しました」と言ってドアを閉めた。

どうやら彼女は風俗嬢で、部屋を間違えたらしいのだ。

親心

彼はホッとした気分だった。

彼女の元に返るとベッドに腰かけて、事の次第を説明した。

「風俗嬢の子だったよ。ごく普通の女の子。
 間違えて、この部屋へ来たみたい」

「ふ~ん、こんな間違いってあるんだぁ」

ふたりは50代の恋人同士だ。

呼ばざる女子大生風の風俗嬢のことを心配していた。

「大丈夫かしらね。
 お客さんのところへ行けたかしら」

「大丈夫じゃないの。
 でも、普通は電話で確かめてから来るんじゃないの?」

ふたりの会話は子どもの心配をする親のようだった。

大学生の子どもがいても不思議ではない年齢だ。

彼女は、少し彼に意地悪したい気持ちが芽生えた。

「ねえ。私が帰るから入ってもらえば良かったのにぃ」

ちょっと上目遣いで聞いてみた。

彼はあわてて答えた。

「呼んでないよ!
 一緒に居たからわかるでしょ。好きなのはお前だけ!」

後日談

これは私の知人から聞いた実話です。

今までも風俗嬢がホテルの入り口にいたのを見たことはあったが、部屋まで来たのには驚いたとのこと。

私たちカップルもホテルを利用しますが、そんな話は初めて聞きました。

私は茶化して聞いてみました。

「招き入れて3Pすれば良かったのに」

事実は小説より奇なり。

世の中には想像を絶することが起きるものです。

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