疑われるようなこと(知人の体験②)

彼女は、彼の腕枕にそっと包まれながら考えていた。

あの日のラインを。

ライン

彼女が職場でキャビネットから書類を出している時、ラインが到着したことを知らせる音がした。

♪ピポ、ピポ、ピポ…♪

彼からのライン到着の知らせだ。

彼女は手にしている書類を急いで自分の机の上に置き、スマホを取り出してラインを開いた。

そこには目を疑う文字が記してあった。

「あなた、会ったわね。あれほど会わないって誓ったじゃない。
 人として最低ね。職場にばらすわよ。
 この泥棒猫!!」

彼の奥さんからだ。

動揺する心をおさえながら、彼女はこう返した。

「私は飲み友達でしかありません。
 今、仕事中なのでこれ以上、ラインを見ることはできません。
 疑われるようなことをしてすみません」

それからは彼の奥さんからラインが来ることはなかった。

飲み友達

彼女はお酒を飲むのが好きだった。

好きというよりも、仕事のストレスを晴らすのが目的だった。

ある日、職場で声をかけてくる男性がいた。

「大丈夫?
 かなりストレスが溜まっているようだけど」

そこには彼の優しい笑顔があった。

別の部署の男性だったが、時々、彼女の職場に来るようだった。

「ここでは話しにくいこともあるんじゃない?
 今度、飲みに行く?」

今まで気にも留めたこともなかったが、心の中がストレスで一杯だった彼女にとってタイミングが良い助け舟だった。

「えっ?
 良いんですか?
 グチだけになっちゃいますよ」

あまりタイプの男性ではなかったが、今度、飲みに行く約束をしてラインを交換した。

数日後、職場から少し離れた酒場でお酒を酌み交わした。

お互いに仕事内容を知っているだけに話が合う。

そして、彼も彼女と同じ不満を持っていた。

酔えば酔うほど話のテンポが合い、会話が心地よい。

彼女は、ろれつの回らない口調で話した。

「ほんと、今日はありがとうございました。
 たくさんグチを聞いてもらってスッキリしました」

「僕も楽しかったよ。
 いつもあなたのことは気になっていたんだ」

それから幾度かお酒を酌み交わした。

そのたびに、心地よい会話とおいしいお酒に酔いしれていった。

そして、いつしか家でも頻繁にライン交換をするようになっていた。

あなた、誰?

最初は人目につかないように会っていた。

ある日、彼の行きつけの飲み屋さんに連れて行ってもらった。

さほど大きくはないが、こじゃれたお店だった。

この頃には、少なくとも週に1、2度は酒を酌み交わす仲になっていた。

しかし、彼女の中では彼は貴重な飲み友達でしかなかった。

恋愛感情はない。

いつものようにテンポ良い会話に酔いしれていると、突然、バタン!!と店の戸が音をたてた。

「あんた!!やっぱり女と会っていたのね。
 誰、この人。
 あんた!!誰!?」

現れたのは、彼の奥さんだった。

最近、週に何度も帰宅時間が遅くなっていたので、行きつけの飲み屋さんに来てみたらしい。

そして、女性と飲んでいる彼を見て、火に油が注がれた。

「あのぅ、私は職場の同僚で、飲み友達です」

彼女は申し訳なさそうに小さな声で答えた。

「もう会わないで!!」

奥さんの剣幕に押されて、彼女はようやく答えた。

「もう…、会いません…」

「あんた!!
 何か言いなさいよ!!」

怒りの矛先は彼に向けられた。

「本当だよ。
 職場のグチを聞いているだけだよ」

ごめん。迷惑かけたね

翌日、職場に彼が現れた。

「ごめん。昨日は迷惑をかけたね。」

昨日は家に帰ってから、奥さんに散々責められて二度と会わない約束をさせられたようだ。

「本当にごめんね。
 話してて楽しかったから、ついつい飲みに誘っちゃった。
 たしかに妻に怪しまれる回数だったね」

彼ははにかんだ顔でバツが悪そうに謝った。

「うぅん、とんでもない。
 私こそ楽しかったわ」

彼女は気にしないでと答えた。

彼女にとって彼は同士であり仲間だった。

恋愛感情はなかった。

そして、疑われるようなことは一切していないという自負があった。

それ以降も回数こそ減ったが、一緒に飲みに行く生活は変わらなかった。

飲みに行って、いろんな事があった。

一度は酔いつぶれてしまい、ラブホテルに泊まったこともあった。

しかし、指一本触れなかったし、触れさせることもなかった。

だが、ふたりとも既婚なので、この時ばかりは言い訳に苦労した。

そして、冒頭に記した「奥さんからラインがあった事件」だ。

彼女は一瞬たじろぎ、彼と飲みに行くのも辞めようと思った。

しかし、今はもっと深い仲になり、交際は続いている。

彼の腕に包まれて

今、彼女は彼の腕に包まれている。

男女の関係になって久しい。

部屋には彼の好きな軽いジャズのBGMが流れている。

腕に包まれながら、彼女は言った。

「奥さんから職場にいる時にラインが来た時にはドキドキしたわ。
 返信するだけで手一杯だった」

8年前のできごとだった。

彼が頻繁にスマホを見るので怪しまれ、彼からスマホを取り上げラインしたようだった。

「そうだね。いろいろあったね。
 あの頃は疑われることは一切なかった。
 でも今は…ねっ」

彼女に軽くキスをして、彼女を抱きしめる腕に力が入った。

この話は、以前のブログ記事「呼ばざる客」の知人から聞いた話を記事にしました。

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