
私は現在、ED治療薬を飲んでいます。
正直に言うと、それでも行為の途中で萎えることが、たまにあります。
若い頃のように、最初から最後まで勢いで進めるわけではありません。
途中で力が抜けることもあるし、体が「少し休みたい」と訴える瞬間もあります。
かつては「失敗」だと思っていた
以前の私は、萎えることを情けないことだと感じていました。
男としての自信が揺らぎ、相手に申し訳ない気持ちが先に立っていたのです。
できなかったことばかりに目が向き、自分を責めていました。
今は「休憩」だと受け止めている
でも今は違います。
萎えたら一度抜いて、少し話をしたり、触れ合ったりする。
また自然に戻ってきたら、再びつながる。それだけのことです。
彼女も私も、それを問題だとは思っていません。
むしろ、その間の時間も含めて「二人の時間」だと感じています。
行為と行為のあいだに生まれる静かな会話やぬくもりが、関係を深めてくれることもあります。
そう思えるようになるまで
こうした捉え方ができるようになるまでには、時間がかかりました。
長く一緒にいる中で、体調の変化や気持ちの浮き沈み、うまくいかない時期を何度も経験してきました。
そのたびに、「どうする?」と話し合ってきた積み重ねが、今の私たちをつくっています。
日常の会話が、すべての土台
大切だと感じているのは、特別な場面ではなく日常の会話です。
「おはよう」「ありがとう」「ごめんね」。
そんな当たり前の言葉を、ちゃんと相手の目を見て伝えること。
長く一緒にいるほど、つい省いてしまいがちですが、そこを丁寧にすることが関係を支えています。
「分かっているつもり」が一番危うい
一緒にいる時間が長くなると、「分かっているはず」と思いがちです。
でも、気持ちや体の状態はその時々で変わります。
過去がこうだったから、今も同じとは限りません。
だからこそ、その都度、言葉で確かめることが必要なのだと思います。
完璧さより、柔軟さを
うまくいかないことが起きたとき、責め合うのではなく
「今どう感じている?」と話せる関係でいたい。
大人の関係に必要なのは、完璧さではなく柔軟さだと、今の私は思っています。
そう思えるようになってから、私は以前よりずっと、安心して彼女と向き合えるようになりました。

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