
人生の大半は、エロでできている。
最近、そんな言葉が妙に腑に落ちるようになりました。
中学生の頃 ― 目覚めの入り口
中学生になると、第二次成長期を迎えます。
男は体が変わり、あそこに毛が生え、モノも大きくなる。
学校では決まって話題になる
「毛が生えた、生えてない問題」。
どうでもいいようで、当人たちにとっては妙に重大な噂話が飛び交いました。
セックスが気になる年ごろ
男のモノを、女性のあそこに入れる。
その事実を知ったとき、正直なところ衝撃でした。
父や母も、そんなことをしているのか。
そんなことをして、翌朝は平然としていられるのか。
想像するだけで、頭が真っ白になったものです。
女性にも性欲がある、という発想すらありませんでした。
男が欲望をぶつけ、女性は嫌がるもの。
そんな歪んだイメージを、どこかで刷り込まれていた気がします。
当時の私は、ただ精子を出す快感に夢中なだけ。
今思えば、猿のオナニーと大差ありません。
初体験 ― 大学時代
初体験は大学生の頃。
相手は先輩の女性でした。
飲み会の流れで、そのまま関係を持つことになり、私は童貞を捧げました。
今思えば、彼女の方がずっと積極的だったようにも感じます。
手取り足取りのセックス。
でも、心に残るものはほとんどありませんでした。
自分で自分のモノをしごくか、それが女体か。
違いはそれだけ。
正直、トホホな初体験でした。
結婚 ― 生殖のためのセックス
就職し、結婚しました。
配偶者とのセックスは、子どもを作るためのものでした。
愛撫はほどほど。
求められるのは挿入。
男女が火の玉のように熱くなって交わる――
そんなセックスは、小説や雑誌の中だけの話だと、どこかで決めつけていました。
開眼 ― 彼女のおかげで
セックスの本当の良さを知ったのは、彼女との関係からです。
私が彼女の中に入ると、
彼女の内側が、まるで私に応えるようにまとわりつく。
「ああ、これは違う」
心から、そう思いました。
愛情のあるセックスは、まったく別物です。
今までしてきたものは、セックスではなかったのかもしれない。
小説や雑誌の描写は、確かに誇張もあります。
でも、すべてが嘘ではなかった。
今は、そう実感しています。
セックスはエネルギーの消費?
先日、ある対談動画を観ました。
そこで語られていたのは、「セックスはエネルギーを消耗する行為」という考え方。
「その分、仕事にエネルギーを使った方が生産的」
そう語る女性の言葉に、私は少し考えさせられました。
価値観は人それぞれ。
本人が納得しているなら、それでいい。
でも、正直に言えば――
「もったいないな」と感じてしまう自分もいます。
彼女とのセックス ― 進化の途中
彼女とのセックスについては、これまでも書いてきましたので、ここでは多くを語りません。
ただ一つ言えるのは、
今でも、ふたりの関係は進化し続けているということ。
最近届いた、彼女からのメール。
「この前の、あの舐め合うの。
思考が止まって、あなたの喘ぎ声だけが聞こえて、何も考えられなくなった。
…会話も楽しいね」
きっと、最後の一文は照れ隠し。
そう思えてなりません。
彼女は今、
私とのセックスに、確かに夢中なのです。

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