
以前、「BGM」という記事を書きました。
ある時を境にして、彼女の役割になったBGMのセット。
残念なことに今はBGMは無くなってしまいました。
久しぶりに、そのホテルを訪れたときのことです。
「改装のため、部屋内のBGMは無くなりました」
そんな張り紙を見つけました。
部屋に入ると、たしかに以前とは違っていました。
スピーカーは姿を消し、枕元の操作盤にもBGMのスイッチは見当たりません。
そこにあったのは、
余計なものが削ぎ落とされた、すっきりした操作盤でした。
少しだけ、落ち着かない。
でも、不思議と嫌ではありませんでした。
お風呂から上がり、ベッドに入る。
もう、音楽を選ぶ必要はありません。
余計なことは考えず、
彼女を招き入れ、抱きしめる。
静寂の中で、彼女の体温だけが、はっきりと伝わってきます。
営みが始まると、
耳に届くのは、彼女の息づかい。
そして、抑えようとしても、抑えきれない小さな声。
それだけでした。
音楽に包まれることもなく、
誤魔化されることもなく、
彼女の反応が、すべて、直接伝わってきます。
――ああ、これもいい。
そう思いました。
まるで、
彼女の声そのものが、BGMになったかのようでした。
静けさ
やがて、すべてが終わると、
部屋には、また静けさが戻ってきます。
でも、それは以前のような
「音楽が流れている静けさ」ではありません。
本当に、何もない。
ただ、ふたりがそこにいるだけの空間です。
肩を寄せ合いながら、
しばらくは、言葉も出ませんでした。
ピロートークも、
以前より、落ち着いたものになった気がします。
無理に感想を言い合うこともなく、
沈黙を埋める必要もない。
「…静かだね」
私がそう言うと、
彼女は小さくうなずきました。
「でも、悪くないね」
その一言で、十分でした。
BGMが流れていた頃は、
音楽に守られている気がしていました。
けれど、
何もない静寂の中で、直接向き合える今のほうが、
より一層深く、気持ちの交流ができているのかもしれません。


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