
年の瀬になると、
どうしてこんなにも人肌を思い出してしまうのでしょうか。
したいのは、行為そのものなのか。
女性とひとつになりたいことなのか。
そう問われれば、きっと違います。
けれど、
「それがなくてもいいか」と言われれば、
それもまた違います。
たぶん答えは、
「全部」なのだと思います。
服を脱ぐ、ということ
ある冬の日、
彼女と一緒にコートを脱ぎ、
部屋に入ったことがあります。
まだ何も始まっていないのに、
空気が少しだけ変わったのを覚えています。
服を着ている間、
人は多くのものを隠しています。
体型のこと。
年齢のこと。
過去のこと。
私は彼女のほとんど全てを知っています。
コートを脱いだ後、彼女は無意識に胸元を気にする仕草しました。
それを見て、私はあらためて彼女の全てを知りたい衝動にとらわれました。
服を着ている間、いろいろな事を隠すことができます。
すべてを脱いでしまえば、そこに言い訳はありません。
私は正直な彼女を見たくなったのかもしれません。
裸のふたりは、
無防備で、
取り繕うことができない存在になります。
信頼が先
以前、
彼女とこんな会話をしたことがあります。
「もしさ、俺が最初から信用できない人間だったら、今、どうなっていたかな?」
少しも考えずに、
彼女は言いました。
「たぶん、ここまでの関係にはならなかったと思うよ。
触られるのも嫌だったはず」
その言葉が、
今も心に残っています。
触れることよりも前に、
任せる覚悟が必要なのだと、
そのとき初めて理解しました。
身体を預けるということは、
無防備になるということです。
それは、
相手を信頼しているという、
何よりの証なのかもしれません。
求めているのは温もり
思えば、
本当に恋しいのは
行為そのものはありません。
一緒にお風呂に入り、
何気ない話をしながら
肩が触れる瞬間。
「ねえ、あったかいね」
「うん、落ち着く」
そんな、
どうでもいいような言葉のやりとり。
ベッドに並び、
言葉もなく
同じ温度を感じる時間。
そして、二人が重なり合いひとつになる。
そんな温もりが恋しいのかもしれません。


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