
正直に言うと、
私にとって性欲は、恥じるものでも、後ろめたいものでもありません。
若い頃からずっと、
そして、年齢を重ねた今でも、
それは変わらず自分の中にあります。
むしろ最近は、
「まだ欲がある」という事実に、
少し安心すらしているくらいです。
それなのに、世の中を見渡すと、
性欲というものは、相変わらず
「汚いもの」「口にしてはいけないもの」
のように扱われている。
その空気感が、どうにも不思議でならないのです。
昔から、性欲だけは声が小さかった
学生時代のことを、ふと思い出します。
保健の授業で
「人間の三大欲求は、食事・睡眠・性欲です」
と教えられたあの瞬間。
なぜか三つ目だけ、
先生の声がほんの少し小さくなりました。
食べることも、眠ることも、
生きるうえで大切だと堂々と語るのに、
性欲だけは、どこか照れたように、
触れてはいけないもののように扱われる。
あの違和感は、今でもはっきり覚えています。
女性は、もっと抑え込まれてきた
男の私でさえ、
性の話題には「空気を読む」癖が身についた。
ならば女性は、
もっと強く抑え込まれてきたはずです。
「女なんだから」
「はしたない」
「いい年して」
そんな言葉を、
直接でも、間接でも、
何度も浴びてきたのではないでしょうか。
特に中高年の女性は、
母として
妻として
職場の“ちゃんとした人間”として
無意識のうちに
欲をしまい込む役割を
長年、担わされてきました。
男性の私から見ていても、
それははっきり感じます。
みんな、知らない顔をしているけれど
社会の中では、
誰もが「私は何も知りません」という顔をします。
性行為なんて無縁です、
もう枯れています、
そんな素振りです。
でも、それが“演技”だということを、
私は知っています。
真面目な顔で働き、
家庭を回し、
責任を果たしている人ほど、
ふとした瞬間に
「ただ抱きしめられたい」
「女として見られたい」
そんな気持ちを抱えている。
それを口に出さないだけで、
消えてなくなったわけではありません。
昼の顔と、夜の顔
昼間は理性的で、
きちんとしていて、
隙のない女性。
でも夜になると、
その鎧をそっと外したくなる。
誰にも評価されず、
誰の期待にも応えなくていい時間。
そのギャップに、
少しの背徳感と、
深い安らぎが混ざっていることを、
私は知っています。
なぜなら、
そういう瞬間に見せる女性の表情が、
一番やわらかく、
一番きれいだからです。
性欲は「若さ」ではなく「生」
性欲は、
若さの証明でも、
だらしなさの証拠でもない。
「生きている」という、
とても単純で、まっとうな感覚です。
年を重ねたからこそ、
強く主張しなくなり、
静かに、深く、内側に残る。
それを
「もう終わったもの」にしてしまうのは、
あまりにも、もったいない。
男性の私は、
そう思っています。
そして正直に言えば、
欲を持ち続けている女性に、
品のなさではなく、
人としての豊かさを感じるのです。


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