生の感触

※このブログでは、60代の私が、日常・身体・性・人との距離について、正直な言葉で綴っています。

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私は既婚の60歳代男性です。
40歳代と50歳代の2回、道ならぬ恋を経験しています。
一人目の彼女とはツラい別れを経験しました。二人目の彼女とは現在もお付き合いを続けています。

ブログで語るには、あまり好ましくないテーマかもしれません。
それでも今回は、男性目線からの「生でする」という経験について、正直に書いてみようと思います。

現在の彼女とは、いつも生でセックスしています。
いわゆる、スキンなしです。

必然的に、私は彼女の中へ射精することになります。

挿入時にヌルリと入っていく感覚。
イク瞬間、ペニスを彼女の奥深くに押し付ける感触。
そして、精子を放出するあの解放感。

スキンを着けていた頃とは、まったく別物です。

今では生での挿入が当たり前になっていますが、かつてはスキンを着けるのが普通でした。

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大阪の元彼女

大阪の元彼女とは、いつもスキンを着けていました。

お互い40代。彼女には、十分に妊娠の可能性がありました。

セックスの相性はとても良く、スキン越しでも、彼女が締まる感覚ははっきりと伝わってきました。

そして、私の人生で最初で最後の「潮吹き」を経験させてくれたのも、彼女です。

大阪・難波のホテルでの出来事でした。

いつものように、彼女の膣に指を入れ、Gスポットを刺激していた時のことです。

指をお腹側に向け、トントンと軽く刺激していました。

感じるのか、彼女は腰を引いて逃げます。

私は逃がさないように、ゆっくり、そして少しずつ速く、刺激を続けました。

すると彼女は、「あっ…」と声を上げ、突然、股間から液体を噴き出しました。

まったく想定していなかった出来事で、最初は何が起きたのか分かりませんでした。

勢いよく吹いたのか、ただ漏れたのかも判然としません。

ただ、彼女の太ももとシーツは、びしょ濡れでした。

彼女は、「あなたのせいや」と、大阪弁で言います。

その時は「潮吹き」だとは思いませんでした。

けれど後になって、「あれは潮だったのだろう」と直感しました。

次のデートでも同じことを試しましたが、再現はできませんでした。

女性の体調や気分も、大きく影響するのかもしれません。

元彼女とのセックスは、信頼関係を深めるうえで、十分な役割を果たしていたと思います。

スキンの有無は、関係ありませんでした。

東京と大阪を行き来するデートは、5年以上も続きました。


今の彼女

今の彼女とは、当然のように、生挿入で中出しです。

スキンを着けていない分、粘膜を通して、お互いの温かさを直接感じることができます。

膣の微妙な動きも、ダイレクトに伝わってきます。

私は、彼女の湿り気の中にヌメリと挿入し、
彼女は、私の動きをそのまま受け取ります。

角度を変えながら膣内のスポットを刺激すると、
彼女は声や表情、身体全体で快感を表現します。

その延長線上で、彼女はクライマックスを迎えます。

ペニスを挿入されたまま、激しく締めつけながら、昇天してしまうのです。

私はその姿を見ながら、ラストスパートに入ります。

彼女の愛液と、私の先走りのつゆが混ざり合う中を、激しく動き、
限界を迎え、彼女の奥深くへ精液を放出します。


静寂の時

すべてが終わると、私は彼女に全体重を預け、ぐったりします。

私のモノは小さくなっていますが、粘膜と粘膜は触れ合ったままです。

彼女の膣が締まると、私が「うっ」と反応し、
私がわずかに動くと、彼女が「あん」と声を漏らす。

そんな小さな連鎖反応が、しばらく続きます。


中出しの感じ方

彼女は、自分の中で精子を迎え入れてくれています。

きっと、精子は逆流してくると思います。

私は、彼女に聞いたことがあります。

「後の処理、面倒じゃない?
 今度から着けようか?」

彼女は言いました。

「ううん、いいの。
 あなたを直接感じられるから、私、生の方が好き」

生でのセックスは、粘膜と粘膜が触れ合い、
お互いの愛液と精子が混ざり合います。

私は彼女の柔らかさを感じ、
彼女は、私との一体感を感じている。

私の精液の放出は、彼女にとって、
「私の一部を受け入れた」という感覚をもたらしているのかもしれません。

彼女と付き合って、15年が経ちました。

生でのセックスは、
私たちにとって、癒しであり、信頼関係を再確認する行為であることは、間違いありません。

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