恵が東京に来た日①

私は現在、既婚の60歳代です。
40歳代と50歳代の2回、道ならぬ恋を経験しています。
一人目の彼女とはツラい別れを経験しました。二人目の彼女とは現在もお付き合いを続けています。

これから話すのは、一人目の彼女。恵(けい)の話に戻ります。
恵とは、40代で出会い、東京⇔大阪でお付き合いをしていました。

恵からメールが来ました。

「東京に行きたいんだけど、良い?」

その一文を見た瞬間、胸の奥に小さな波が立ちました。

驚きと戸惑い。そして、断れないという確信。

内心では「無理しなくても…」という思いもありましたが、

それ以上に“会いに来たいと言ってくれた気持ち”が嬉しかったのです。

「いいよ」

そう返しながら、少し複雑な気持ちを抱えていました。

羽田空港での再会

恵は飛行機で東京へやって来ました。

一泊二日の予定です。

私が大阪へ行くときはいつも新幹線だったので、

その行動力に少し驚かされます。

到着口から、ニコニコしながら歩いてくる恵。

その姿を見た瞬間、胸の中のざわつきが消えていきました。

「伊丹空港まで遠くなかった?」

そう聞くと、恵はいつもの関西なまりの標準語で言いました。

「ううん。飛行機のほうが早いよ」

飾らない笑顔が、旅の疲れを感じさせませんでした。

浜松町での夕食

モノレールで浜松町に着き、ホテルへ向う途中、

駅近くの鶏料理屋で夕食をとることにしました。

「かんぱ〜い」

恵と初めての乾杯。

ちょっとしたことなのに、妙に新鮮で、くすぐったくて。

ずっと昔から知っている人なのに、初めての場面がまだ残っている——

そんな関係が心地よく感じられました。

ところが、テーブルの上で携帯が震えます。

画面に映るのは配偶者の名前。

以前の“旅行先で電話に出てしまったときの失敗”が頭をよぎり、

今回も出ることはできませんでした。

無視するしかない——その判断が正しいと分かっていても、

恵の前で気まずさがのしかかります。

女の勘とは恐ろしいものです。

どこか察するように、恵は少しだけ沈んだ表情を浮かべました。

せっかくの夕食の空気が、ほんの少しだけ曇ってしまいました。

東京の夜

ホテルの部屋に戻ると、ほろ酔いのまま自然と距離が縮まりました。

言葉より先に、気持ちが動いてしまう瞬間です。

抱き合う温もりが、
久しぶりに会えたことを静かに実感させてくれました。

その夜、ふたりはようやく心を重ねました——

外の世界のしがらみから逃れられる、たった数時間の安らぎの中で。

終わったあと、恵が小さく尋ねました。

「泊まっていかないの?」

その声音には、少しだけ甘えが混じっていました。

「ごめん。今日は帰らなきゃいけないんだ」

配偶者の猜疑心の強さを考えると、泊まりは難しい。

夕食中の電話が、それをさらに確かにした気がします。

恵は寂しげにうつむき、

その姿が胸に刺さりました。

翌日は鎌倉へ

翌日、恵は大阪へ帰ります。

もっと一緒にいたい、もっと希望を叶えてあげたい。

けれど、現実の壁はある。

自分の気持ちをなだめながら、私は言いました。

「明日の朝、迎えに来るよ。鎌倉へ行こう」

ほんの束の間の時間でも、
彼女と過ごす一日を大切にしたい——

心の中はその気持ちで一杯でした。

(つづく)

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