「秋の気配」と「夏の終り」

※このブログでは、60代の私が、これまでの生き方・日常・身体・性などについて、正直な言葉で綴っています。

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先日、横浜デート以来、二週間ぶりに会いました。

再会のデートは、横浜の思い出話で大盛り上がり。

初日の赤レンガ倉庫、山下公園、夕飯に食べた飲茶。

ホテルの窓から見えた夜景と、静かな朝の風景。

二日目のマリンタワーの展望台、そして港の見える丘公園。

思い出は、語るたびに少しずつ輪郭を増していきます。


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秋の気配

港の見える丘公園へ行く前日の夜。

横浜港の夜景を背に、窓際のテーブルにガイドブックを広げ、時にはスマホを手に、翌日の予定を話し合いました。

その流れで、オフコースの曲、「秋の気配」の話になりました。

ある方の解釈によれば、売れないミュージシャンの男と彼女の別れを描いた歌だそうです。

舞台は、「港の見える丘公園」が見えるカフェの窓際。

男は音楽を続けるために、彼女の幸せを思い、別れを決意する。

彼女は本心では別れたくない。

それでも最後に、
「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね。ただそれだけ」
と告げる―。

切なさが、静かに胸に残る曲です。


夏の終り

今回のデートでは、同じく小田和正の「夏の終り」についても語り合いました。

前出の説では、「秋の気配」から数年後の物語だといいます。

男はミュージシャンとしてある程度成功し、再び「港の見える丘公園」に戻ってくる。

そして、
「誰よりも懐かしいひとは この丘の空が好きだった」
と、かつての彼女を想う。

彼女が働いているという設定のカフェへ向かうものの、結局、会わずに帰ってしまう―。

時間が過ぎても、埋まらない距離。

小田和正の歌声が、その余白をいっそう際立たせます。


ふたりの見解

ベッドの上で、スマホに映る歌詞を見ながら、

男の気持ち、女の気持ちを「ああでもない、こうでもない」と語り合いました。

同じ曲を、同じ時間に、同じ場所で味わう。

そして後で、その時間を一緒に思い出す。

それもまた、愛おしい営みです。

ひとしきり語り終えたあと、

彼女は「切ない曲よねぇ」と笑いながら、腕枕をせがんできました。

歌の中では別れが描かれていても、

いま、ここにあるぬくもりは確かでした。

ロマンチックな気分に浸れた、四月のデート。

切ない歌を語り合いながら、

私たちは、どんな未来を重ねていくのでしょうか。

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