
朝のホテルで
翌朝。
私は仕事に行くふりをして家を出ました。
向かった先は、恵が泊まっている都内のホテルです。
ロビーを素通りしてエレベーターに乗り、彼女の部屋の前で小さくノックしました。
「コンコン」
すでにメールを送っていたので、ほとんど間を置かずにドアが開き、恵が顔を出します。
「おはよう」
「おはよう」
すでに化粧を終えている恵は、口紅がほんのり艶を帯びていました。
思わず、その唇に軽く触れるようにキスをします。
「チュッ」
静かな部屋に小さな音が響きました。
「待った?」と私。
「うん。待ってたよ」
恵の返事は、少し甘えが混じっています。
朝食はまだのようなので、「鎌倉へ向かう途中で食べようか」と提案すると、恵も頷きました。
いざ部屋を出ようとした時、後ろから声が飛びます。
「ねえ、ちょっと待って」
振り返ると、彼女はほんの少し照れた表情で言いました。
「もう一度、キスして」
化粧が崩れないように軽く触れようとしたその瞬間、恵は荷物を置いて私に抱きついてきました。
そのまま唇が重なり、舌が触れ合い、抑えていた気持ちが一気にほどけていきます。
胸と胸、下腹部と股間が触れ合い、身体の奥に火がつくような感覚が走りました。
もう止められませんでした。
お互いの服を脱ぎ捨てるようにして、朝の光が差し込むホテルの一室で身体を重ね合います。
「はぁ…っ」「うんっ…」「あぁ…っ」
呼吸が混じりあい、体温が高まっていき、最後はひとつに溶けてゆくように果てました。
「イキそう…イク…!」
「俺も…ッ!」
静かな朝のホテルで、愛の交歓は幕を閉じました。
鎌倉
思いがけないモーニングセックスで、すっかり時間が押してしまいました。
急いでホテルを出て電車に乗り、鎌倉へ向かいます。
結局、朝食はコンビニのおにぎり。
でも、由比ガ浜の海を前に並んで食べるおにぎりは、なぜか特別な味がしました。
「まさか恵と鎌倉でおにぎりを食べるなんて…」
そんなことを思いながら、海風に吹かれて過ごした穏やかな時間。
鶴岡八幡宮を歩き、気づけば恵の帰る時間が迫ってきます。
羽田空港へ
浜松町からモノレールに揺られながら、ふたりとも外の景色をじっと見つめていました。
別れが近づくほど、言葉は少なくなります。
羽田空港では、搭乗口まで見送りました。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
何度も何度も振り返って、小さく手を振り続ける恵。
その姿は、いまも目に焼きついています。
空港を離れ、モノレールの窓から見えた夕空は深い橙色。
あの瞬間の色は、一生忘れられません。
東京に来るという決断を迷わず下した恵。
標準語の中に少し残る関西の響き。
その決断力の速さは、まさに「難波の女」そのものでした。

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