恵からのメール
恵からメールが届いたのは、名古屋で会った翌日のことでした。
「今日のメールは恥ずかしい気持ちでいっぱいです」
そんな書き出しで始まる文章には、恵の戸惑いと照れが混ざっていました。
仕事から帰宅したあと、恵のご主人が名古屋方面を営業で回っていたことを知り、
もし鉢合わせしていたらと思うと胸がざわついたそうです。
けれど、その心配は杞憂に終わり、ふたりの距離が一気に縮まった実感を持てたことが、素直に綴られていました。
私も同じ気持ちであることを返信しました。
「また会いたいね」
どちらから言い出したのかは思い出せません。
ただ、自然にその言葉がこぼれたのです。
名古屋は避けたほうがよさそうでした。
恵のご主人と顔を合わせる可能性があったからです。
「数時間しか会えないけど…東京から奈良なら、日帰りもできるな」
メル友サイトで大阪在住の相手を選んだことを少し悔いた瞬間もありました。
しかしそれ以上に、“会いたい”という気持ちの方が勝っていました。
奈良駅にて

約一か月後、JR奈良駅で改札を出ると、恵の姿が見えました。
「恵、ひさしぶり」
私が茶化すように声をかけると、恵もすぐに返します。
「ほんと、ひさしぶり」
目が合った瞬間、自然と笑いがこぼれました。
駅前のファミレスで軽く昼食をとりました。
恵は小食で、オムライスを少し残しました。
それを私が受け取ると、恵は嬉しそうに微笑みます。
「何がそんなにうれしいの?」
そう聞くと、恵は少し恥ずかしそうに言いました。
「もう…他人じゃないんだなって」
その言葉が、不思議なくらい胸に染みました。
静かなホテルの部屋で
奈良の街を散策するつもりでしたが、私の「これからどうする?」の問いに、
恵は少し考えて答えました。
「お部屋でもいいよ」
そのひとことで、私たちは駅近くの小さなホテルへ向かいました。
部屋に入っても、特別なことは起きません。
ただ、自然に手が触れ、自然に笑い、自然に寄り添う。
ふたりきりの空間に、奈良の午後の光が静かに差し込んでいました。
言葉は少なかったですが、沈黙がむしろふたりの距離を確かめてくれているようでした。
猿沢の池
ホテルを出たあと、興福寺を巡り、猿沢の池のほとりに座りました。
水面に午後の陽が映り、ゆるやかな風が吹いていました。
「激しかったね」
恵が上目づかいで笑います。
その言葉にどんな意味が込められているのか、深く考える必要はありませんでした。
「恵がそうさせるんだよ」
そう答えると、恵は少し口をとがらせながら、
「そんなこと、自分じゃわかんないよ」
と言いましたが、どこか嬉しそうでした。
奈良駅での別れ
夕暮れが近づき、帰る時間が迫ってきました。
私は近鉄奈良駅へ、恵はJR奈良駅へ向かいます。
分かれ道に立ったとき、空は美しい橙色に染まっていました。
男と女
同じ人間です。
でも、男と女です。
惹かれ合えば、会いたくなります。
会うたびに、心が揺れます。
喜びも、不安も、痛みも、同じだけついてきます。
この奈良での三度目の逢瀬のあと、ふたりにはさまざまな喜怒哀楽が訪れることになります。
けれど、このときの私たちは、その未来をまだ知りませんでした。
ただ、夕暮れの奈良の風が、ふたりの背中を静かに押してくれていました。

コメント
2月17日は「天使のささやきの日」だそうです。ダイヤモンドダストや北海道と関係があるみたいです。
情報をありがとうございます。