
私は、東北北端の海辺の田舎で育ちました。
今では工業も発達し、自然と共存する土地柄へと変わりましたが、
漁村の空気は、今もそこかしこに残っています。
そうした土地では、
身体にまつわる言葉も、どこか生活に根ざしたものでした。
直接的ではないけれど、
意味は分かる者には分かる―
そんな言葉が、当たり前のように使われていました。
いきみ(生身)
子どもの頃、
年上の人たちが、含みのある言葉を口にして笑っている場面を、
何度か目にした記憶があります。
当時の私は、
その言葉が何を指しているのか、正確には分かっていませんでした。
ただ、「女性器」に関わる言葉なのだろう。
そんな曖昧な印象だけが残っています。
その言葉の意味を、
感覚として理解するようになったのは、
ずっと後のことです。
生きているアワビを指で突くと、ヌメリと動き出す。
女性器も同じです。
触れられれば反応し、
何もせずとも、静かに変化します。
「生身」という言葉が示していたのは、
形そのものよりも、
むしろ“動き”や“応答”だったのだと、
今はそう感じています。
アワビ
成長するにつれて、
同じ対象を指す、別の言い回しも耳にするようになりました。
それらはどれも、
実物を知る前に、
言葉だけが先に存在していたものです。
当時の性に関する知識は、
雑誌や断片的な情報に頼るしかなく、
多くは想像で補われていました。
今になって振り返ると、
比喩として選ばれた言葉には、
なるほどと思わせる部分もあります。
今にして思えば、「アワビ」という名前は、言いえて妙です。
縦長の楕円があって、縁が黒ずんでいる。
そして触れられると独特の動きをする。
指で触れると不規則の動きを繰り返します。
直接的な表現を避けながら、
それでも形や印象を、
的確に伝えようとしていたのかもしれません。
女性の形
女性の身体を、
意識して理解するようになったのは、
大人になってからです。
私は66歳になりますが、
この歳になってようやく、
女性の身体を生きたものとして感じ取れるようになりました。
触れ合いの中で、
相手の反応が伝わってくる。
こちらが何もしなくても、
身体の側が応える瞬間があります。
私の大切な部分を彼女の秘所に収める。
彼女は私を愛しむように包み込む。
そして、ねっとりと舐めまわす。
それは彼女の心とは別に、無意識に動いている。
幼い頃に耳にした言葉――
「いきみ(生身)」
「アワビ」。
それらが指していたものを、
私は人生の後半になって、
ようやく自分の感覚として深く理解しました。
人によるとは思いますが、
年齢を重ねたからこそ分かる身体の在り方も、
確かにあるように思います。
そうした感覚を、
楽しめない人生はもったいない。
最近、
そんなふうに感じています。

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