
「今年こそは梅見をしようね」
そう言っていたのに、今年もまた延期になりました。
理由は、彼女のこんな言葉です。
「平日のデートは、室内でゆっくりしたいわよね」
梅見は、付き合い始めた頃の思い出のデートです。
だからこそ、その言葉の奥を少し考えてしまいます。
寒い時期に外へ出るのが苦手なのか。
それとも、ただ、ふたりきりの時間を選びたかったのか。
本当の理由は、分かりません。
「来年は必ずね」
去年と同じ言葉で、今年もまた約束をしました。
初デートの記憶
彼女との初デートは、二月でした。
行き先は、電波塔です。
展望台からの景色は、どこか現実離れしていて、
雪が降ったり止んだりする空を、ただ静かに眺めていました。
帰り道、ふらりと立ち寄った神社があります。
その境内で、梅が咲き始めていました。
白梅と紅梅。
すでに花を開いているものもあれば、
これから咲こうと、ふっくら膨らんだつぼみもあります。
「うわぁ、かわいい」
彼女はそうつぶやき、白梅を見つめていました。
「満開の時期は、とてもきれいでしょうね」
「その頃に、また来ましょうね」
何気ない会話でしたが、確かな約束でもありました。
まだお互いに敬語を使っていた頃です。
昨年、果たされなかった約束
あれから十五年が経った昨年。
彼女が言いました。
「梅を見に行きたい」
ようやく、あの時の約束が果たされる。
私は、そう思っていました。
けれど、しばらくして、こんなメールが届きます。
「“ゆったりまったり”と“梅見”で迷っているの。
どちらも大切だから」
そして、彼女は決めました。
「次のデートは“ゆったりまったり”にしよう。
梅見は来年。花見は今年ね」
早春の梅は、翌年に持ち越されてしまいました。
今年こそは
「女ごころと秋の空」とはよく言ったものです。
早春の空もなかなかどうして、移ろいやすいようです。
16年前から変わらない、彼女の自由奔放さ。
そして、そんな彼女の提案に、結局は「それもいいか」と納得してしまう私です。
咲き誇る梅の花も、そして16年越しの私の決意も、
彼女の「ゆったりまったりしたい」という甘やかな誘惑には勝てませんでした。
満開の梅を愛でるのは、また一年後のお楽しみ。
さて、4月の桜こそは、二人の気持ちが「花」へと向かうのでしょうか。

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