私の人生では、私が主人公~離婚するかしないか問題

※このブログでは、60代の私が、日常・身体・性・人との距離について、正直な言葉で綴っています。

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現在、配偶者とはいわゆる「家庭内別居」の状態です。

同じ家で生活はしていますが、会話はほとんどなく、
私にとって配偶者は、もはや「同居人」と言った方が近い存在です。

日常生活を送るうえで大きな支障はありません。

しかし、肝心なコミュニケーションが成り立たず、
言葉のキャッチボールができない関係に、私は強い息苦しさを感じています。

感性の違いは、私が一方的に感じているだけかもしれません。

それでも、無理なものは無理だという感覚だけは、正直な気持ちです。


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離婚という選択肢

配偶者には、私の中にすでに「結婚を続ける意思がない」ことは伝えています。

離婚についても話し合いました。

返ってきた答えは、

「新たに住まいを借りたり、生活用品を揃えたりするのは面倒だ」

というものでした。

離婚そのものよりも、
新しい生活に踏み出すこと自体が負担なのでしょう。


これからの人生に、何を求めるのか

私が求めているのは、決して特別なことではありません。

同じ家に住む人と、普通に会話ができること。

言葉を交わし、時には一緒に散歩をし、
感性が近ければ、旅行にも行ける。

それだけで十分なのです。

しかし、今の配偶者とは、それができません。

会話が噛み合わない関係のまま、
顔を合わせ続ける生活は、私にとって大きなストレスになっています。


別居という現実的な逃げ道

どんよりとした空気から距離を置く方法として、
別居という選択肢も考えました。

実際に、マンスリーマンションも調べてみましたが、
現実はなかなか厳しく、家賃負担は決して軽くありません。

今の、経済的に大きな不自由のない生活が変わることは、
容易に想像できます。

それでも踏み出すべきか。

ここが、いちばん悩ましいところです。


彼女は、本当に理想の人なのか

彼女と過ごしている時間は、とても心地よいものです。

身体の相性が良いことも、はっきりと分かっています。

ただ、ふと思うことがあります。

「たまに会っているからこそ、良く見えているのではないか」

一緒に暮らし始めれば、
今は見えていない部分も、当然見えてくるでしょう。

生活は、セックスだけでは成り立ちません。

その現実を、私は冷静に考えています。


私の人生では、私が主人公

人生は一度きりです。

そして、自分の人生において、主人公は自分自身です。

とはいえ、誰かを不幸にしたいわけではありません。

配偶者にも、彼女にも、できるだけ影響が少ない選択をしたい。

現実的に考えると、

  • 今の生活を続けながら
  • 彼女とは節度を保って会い
  • 気長に離婚への道を探っていく

それが、今の私にとって一番現実的なのかもしれません。

65歳を過ぎた今、
私はいまだに手探りで、人生の舵を探しています。

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