
現在、配偶者とは、いわゆる「家庭内別居」の状態です。
同じ家には住んでいますが、会話はほとんどありません。
私にとって配偶者は、もはや夫婦というより「同居人」に近い存在です。
生活自体に大きな問題はありません。
しかし、一番大切なはずの会話がありません。
言葉のキャッチボールができない関係に、私は息苦しさを感じています。
この感覚は、私の一方的なものかもしれません。
それでも、「合わないものは合わない」というのが正直な気持ちです。
離婚という選択肢
配偶者には、私の中にすでに「結婚を続ける意思がない」ことは伝えています。
離婚についても話し合いました。
返ってきた答えは、
「新しく住まいを借りたり、生活用品を揃えたりするのが面倒」
というものでした。
離婚そのものというより、
新しい生活を始めることが負担なのでしょう。
これからの人生に求めるもの
私が求めているのは、特別なことではありません。
同じ家に住む人と普通に会話ができること。
言葉を交わし、
時には一緒に散歩をする。
気が合えば旅行にも行く。
それだけで十分なのです。
しかし、今の配偶者とは、それができません。
会話のない生活。
気持ちの通わない関係。
それが、私にとっては大きなストレスになっています。
別居という現実的な選択
この重たい空気から離れる方法として、別居も考えました。
実際にマンスリーマンションも調べました。
しかし現実は厳しく、家賃負担は軽くありません。
今のような経済的に安定した生活が変わることも、簡単に想像できます。
それでも踏み出すべきなのか。
ここが、一番悩ましいところです。
彼女は本当に理想の人なのか
彼女と過ごす時間は、とても心地よいものです。
身体の相性が良いことも分かっています。
ただ、こんなことも考えます。
「たまに会うから良く見えているだけではないか」
もし一緒に暮らせば、
今は見えていない部分も見えてくるでしょう。
生活は、セックスだけでは成り立ちません。
その現実も、私は冷静に考えています。
私の人生では、私が主人公
人生は一度きりです。
そして、自分の人生の主人公は自分です。
とはいえ、誰かを不幸にしたいわけではありません。
配偶者にも。
彼女にも。
できるだけ影響の少ない選択をしたいと思っています。
現実的に考えると、
今の生活を続けながら、
彼女とは節度を保って会い、
時間をかけて離婚の道を探る。
それが、今の私にとって一番現実的なのかもしれません。
65歳を過ぎた今も、
私はまだ、人生の舵の取り方を探しています。

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